コスプレと承認欲求のお話し

ヒプノシスマイク有栖川帝統コスプレ

コスプレと承認欲求…
今回は少し難しい話題になりますがあえて誤解を恐れず書いてみようかと思います。

フォロワー数といいね数に対して、
流行りジャンルに乗ることもなく飽きもせず黄瀬コスばかりやっていた2年前までと、
初めて本格的に人気作品の女性キャラクターのコスプレをするようになっていいねやフォロワーがつきやすくなった頃と、
数=幸せではないなとつくづく感じている今とでは考え方が全然違うように思います。
   

数を気にしていた頃の考え方

 
やりたいコスプレをやりながらも意図してツイッターのフォロワー数を増やそうとした時期がありました。

男装ばかりしていた当時の私としてはかなり珍しくセーラームーンのネプチューンのコスプレに手を出した頃からがきっかけでしょうか。

私にも身近な存在に人生のパートナーがいるんですが(既婚です)、主人はお金になるわけでもないのにそんなに時間と労力をかけて部屋を散らかして準備して朝も早いし仕事みたいにドタキャンもできないような責任感で挑む「コスプレ」というものに全く理解ができないようでした。

それでも私がコスプレを好きで楽しくてやっていてそれをやっていると仕事や他のことが頑張れるからという理由でなら良しとされていました。(良しとされなくても別に私は旦那の気持ちそっちのけでコスプレをやったとは思う)

そんな彼が私のネプチューンのコスプレの投稿を見て初めて認めてくれたんですよね。


そのコスプレのクオリティというよりは投稿ツイートのいいね数や増えたフォロワー数を見て。 やはり人は「数」というわかりやすいもので簡単にものの見方が変わるのだな と。

そこで味をしめたじゃないですけど私は「数」を見せれば認めてくれるんだと思ってそれ以降フォロワー数いいね数を少し意識するようになりました。
きっかけが慕っている身近な存在だったからこそだと思います。

実際たしかに「数」のおかげで優遇を受けるじゃないですけど物怖じせずやりやすくなったようには思いました。

その頃はよくフォロワー数やいいね数の多い方の投稿をよく観察したりしました。
私もやっぱり趣味だから完全に「数」を狙って振り切ることはできずに「見せたい自分」の姿(投稿)を優先していたため、それが見せれた・投稿できた時点で一番にまず自分が満足できたので結果それが伸びても伸びなくても一喜一憂せずにやれたのかなとは思います。

だからその参考にしていたコスプレイヤーさんとかのツイッターはチャンスに繋がるものと意識して投稿されたものがほとんどだと思うので、それでも見込んでいた「数」が伴わなかったりしたらちょっと凹む気持ちもわからなくはないです。

   

数より大事なことに気づいたとき

 
そのうち時が経って私の「数」へのほとぼりも冷めてきた頃、いつものように参考になりそうなコスプレイヤーさんの人気なツイートがTLタイムラインに流れてきてさあ今回は何を学べるだろうと思った時に、あれ、 「こんな風に見せてまでいいねの数欲しくないかも」 と思ってしまったんですね。

大体伸びる人気なツイートは見心地の良い整った顔のよく言えば非の打ち所がない、わるく言えば無個性にも見える編集がなされた写真だよなってたまたま思ってしまったときに、いや、 私は私のコスプレを見て欲しいタイプの人種だから同じような見せ方はしたくないや って自分の本心に気づいたのです。

クセがあってもいいじゃん、それが私だし。
個性というかもはやエゴを全面に出したらそりゃあ万人ウケしないでしょう。けどそれでも認めてくれる趣味の合うor競合しないで認め合える仲間がいたならそれはかけがえがないじゃないですか。相互フォローじゃなくてもアイコン覚えますよ。

ついた数じゃなくて最終的にそういうところに私は幸せを覚えました。(例えば大して頑張ってない宅コスにめっちゃいいね数がつくよりも絶対似合わないだろうけどどうしても好きでやりたかったから撮影に行ったコスプレについたいいねの方がずっと嬉しかったりするような)

これが趣味を仕事にする覚悟もないのに中途半端に数を意識し出した人間の辿ってきた道です。私の場合はまだかわいいもんだと思います

   

何に幸せを感じるかは人それぞれ

 
多分もっと重い道をたどってる方も少なくはないのかなと思ってこのテーマで長々と書いてみたのですが、1ミリも理解できなかったという方、あなたはそのままで良いんです。どうかこれからも心のままに趣味とツイッターライフを謳歌してください。

かと言って私はチャンスを狙ってチャレンジし続けるしたたかなコスプレイヤーさんのツイッター活動が単につらそうだとか違和感という風には全く感じていません。輝いて見えるしただただ尊敬しています。

趣味との関わり方、自分の見せたい姿、あるいは見せたい姿も何も意識することなく気ままにコスプレの発信活動をするのも千差万別せんさばんべつであって良いと思うんですよね。

ここからは私のエゴなんですが、
ただ「なんでこの投稿にいいねがいっぱいつくのか理解できない」とか嫉妬じゃないですけど他人に対してネガティブな矢印を向けてるのを見たくないなって思ってました。
数がつかないからって「自分には需要がないんだ」ってそっちに思考が結びついて欲しくないなって思ってました。

需要なんて最初からあるわけないんですよ。
 自分がやりたくて心がワクワクすることをやった時点で100%満たされて幸せ でなきゃおかしいんですよ。

そりゃあ自分の思うままやりたいことをやって想像以上の評価がもらえるのが当たり前の世界だったらそれはこの上なく素晴らしいことだと思います。

自分でどうできるわけでもない反応の数に毎回フォーカスするのはなんだかな、その間にまたやりたいことやって見せたいコスプレ写真があるならそれを用意する方が楽しいんじゃないかなと思ってしまいました。

素晴らしいコスプレ写真=いいねが多い
素晴らしいコスプレイヤー=フォロワーが多い
ではないことはもうみんなわかってることではないですか。
いいねが多くなくても本当に素晴らしいコスプレ写真は上がっているし、フォロワーが多くなくても本当に素晴らしいコスプレイヤーさんというのはたくさんいます。

別に誰を説得させるわけでもない個人の趣味の範囲でコスプレに関わる我々が数に執着する必要はないんじゃないかなって最近思います。

仕事やチャンスを掴みにいく場面であれば数や肩書きが大いに役に立つとは思いますが、今のレイヤー界隈そういった立場の方も身近に混在しているために本来自分が何に価値を置くべきだったかがわからなくなっていたのだと思います。

人それぞれ
自分の本当にやりたいことを
心から楽しんで

これに尽きますね。