鬼滅の刃に学ぶ「優しさ」

鬼滅の刃竈門炭治郎アニメ画像

私が今ハマっている漫画・アニメは超流行りの人気作品「鬼滅の刃」です。

鬼滅の刃の中で私が好きなキャラクターを強いてあげるなら、
宇髄天元うずいてんげん

嘴平伊之助はしびらいのすけ

冨岡義勇とみおかぎゆうです。

ひたすらカッコいいキャラクターにグッときます。
自分と似たタイプ…というと烏滸おこがましいのですが、近い考え方を持ってるキャラクターに惹かれやすいです。
   

優しくて強いって最強だよね

 
鬼滅の刃の主人公である竃門炭治郎かまどたんじろうが、とにかくめちゃめちゃ優しくて素直で正直ものでまっすぐで心が清らかで、どんな人も、敵である鬼に対してすら救済しようとする優しさを持つ主人公として出来過ぎてる優秀なキャラクターなんですね。

私は優しくて強いって最強だなって思って、

前までは「弱肉強食!弱い者は淘汰され強い者が生きる!」という若干伊之助寄りな考えで生きてたんですよ。今もわりとそのは強いんですが

炭治郎の強さ(底なしの優しさ)にもう私は尊敬しかなくて、こうなりたいって軽率に思えないくらい今の私とはかけ離れていて。
明らかに私に欠けている部分だったんです。優しさって。
    

強い人の役割

 
無限列車編では、強さを持って生まれた人には弱き人のためにその力を使わねばならないといった意味の話が出てきて、そうかそうかと。

私はメンタル的に(?)強さというものを常に求めてて、願いが一つ叶うなら何が欲しい?って聞かれたらまず強さが欲しいと答えたいくらいには強くなりたい気持ちがあって、でもその強さを弱き者のために使おうとまで考えてなかったんです。まあ強くないからなんですけど

いつも心に余裕がなくて自分と家族を守ることで精一杯だったんですね。

可哀そうな人たちを見て「フン、弱いから淘汰されるんだ」じゃなくて、少しでも自分が優位な立場でうまくやれてると思ったらそのすべやマインドを共有するなりその人たちの存在や努力を認めてあげることぐらいはできるじゃないかって思ったんです。

それまで精神的に弱い人とは関わりたくないとすら思っていたのですが、弱い人のために使える力があるなら惜しみなくそれを使うべきうだわと私は鬼滅の刃を読んで思いました。

これはもう派生しすぎた話だけど人にはそれぞれ役割があるんですよね。
誰にでも自分ならではの価値を提供できるジャンルがあるはずなんです。
その一人一人にある個性は何かに強いはずなんですよ。

私だって誰かから見たらコスプレ上手だな~とか毎日記事更新して立派だな~って思われてるかもわからないですけど苦手な分野はとことん弱いし、例えばジムに通っててもデッドリフトやり方わからなくてちゃんとできないから強い人にパーソナルトレーニングつけてもらってるし、衣装制作もほとんどできないから作れる人から買ってるわけだし、役割を見つけて仕事にしてる人から価値を提供してもらって自分が弱いところを助けてもらってるんですよね。

一体 自分が何に強いのか何の価値を人に与えられるのか というのを見つけられる人生とそうでない人生とではマジ…

話し無理やり戻すと鬼滅の刃の煉獄さんは個性を磨いて磨いてその人生で与えられた役割を見事果たしたわけですよ。本当にカッコいいんだ…!!

   

優しくなる方法

 
私は自分にメリットがないこと・やらなくていいことは極力やりたくないっていう考えの人間なんですが、やらないで後悔するすることはやらないと自分にとってデメリットですよね。

炭治郎って根っからの優しさが凄いけどやらないと後悔するから人を助けたりするし人の心を大事にしてると思うんですよね。
や、そんなエゴみたいな後で自分が後悔するからやっとこうみたいなアレじゃないですけど。

自分が人に優しくできなかったっていう記憶は結構ずっと残るし、あのときもっとああしてればよかったなんて思うこと私にはたくさんあります。

だから私にとって優しくなるための手段としてはここでやらないと後悔するって思ってやることなんですよね。

人に優しくするって本当に自分のために大事だと思いました。炭治郎はそんなこと考えないでも絶対優しいけど