セルフイメージ

セーラームーンネプチューン海王みちるコスプレ写真

最近引き寄せの法則関連の本を読んでいて出てきたテーマでもあるのですが、まずはセルフイメージを上げるとこからだなっていう感想を共有したいと思います。
 

自分に対して厳しいのは何故か

セルフイメージが低い人、自分の素晴らしさを素直に認めることができなくて自信がない人は自分に対してとっても厳しいんだろうなって思います。

でもそれは良い悪いとかではなく仕方のないことでもあるんですよね。

だってみんな資本主義社会で生まれて小学校あるいはもっと早いと幼稚園から競争を強いられて人と比べられるのが当たり前の環境で育ったのですから。

わざとセルフイメージを低くさせて、「自分は無力だ」「謙虚に頑張り続けなければいけない」というふうに思い込ませて民衆を大人しい大人に育てて国に管理させているということです。

そりゃそうですよね、みんなが自分の力を信じて世界を変えられるんだ!って思ってしまったらもう言いなりになる国民なんていないわけですから支配者層は困ってしまいます。

根本原因をたどればみんなセルフイメージが低いのはあなたの性格がネガティブだから、周りの環境がネガティブだったから(過去に言われたあの一言が…)とかじゃなくて、もっと根深い問題なんですよね。

私は過去の記事で人と比べられるのがもう嫌になったって書いたと思うんですが、まあ比べられて当たり前なんですよね、みんなが人と比べる癖を簡単に辞めれるほど浅いものじゃないんですよね、教育とか社会の常識だけじゃなく何ならDNAレベルでそういう人と比べる分離の精神が根付いてるんじゃないかとすら思います。

自分の決めたある高い水準をクリアした場合にだけ自分を認め、それ以外は認めないとしているので、どれだけ実績を積んでもセルフイメージは(一時的に上がったとしても)基本的に低いまま…という人多いですよね。

 

根拠のない自信こそが最強

みんなが自信を持っている部分の多くは多分、「これを人に褒められたから」「これで稼いでいるから」ってことありませんか?

これは根拠のある自信ですね。

例えば「これだけ評価を貰った」「こういう地位についている」「こういう賞をもらった」「こういう資格を持っている」「こういう記録を持っている」「あの人よりはマシ」どれもこの物質社会ではとても説得力のある根拠だと思います。

でもこれだけでは常にセルフイメージを高く保つのは難しいですよね。その地位や信用を失ったらどうしようと不安にすら思ってる人もいるかと思います。

そもそも「自信」って自分を信じるって書くのにどうして他人の評価や肩書きが必要なのでしょうか。
本当の意味での自信って根拠のない自信こそが絶対揺るがない絶対壊れない自信なんじゃないでしょうか。

例えば「私は文字を打つのが好き」「自分の思いや考えを素直に表現できることが嬉しい」っていう私の今の気持ちは誰にも否定できないことです。だから自信を持って書けるのです。それが相手にちゃんと伝わるかとか共感を得られるかとかは関係ありません。

自分が本来好きなことや楽しいことに見返りという根拠(上手いか下手かというジャッジ)を求めるからたまに「自分がやらなくても…」って無力感を感じたり辛くなったりやる気をなくしてしまう。

自分が好きで楽しんでやってることって本当の意味での自分にしかできないことなんですよね。他の人にとってはそれは楽しくない労働のようなことだったりします。

誰か絵を描くのが好きな人が絵を描いたとして宇宙で一つとして同じものは無いのと同じように、この記事も宇宙で一つとして同じものは無いし、コスプレ写真であっても宇宙で一つとして同じものは無いんですよね。

自信しかなくないですか??

 

私って素晴らしい

人それぞれ好きなこと・楽しいと思ってやれることが違うというのは紛れもない個性であり一人一人が持っている才能です。

「ああ〜こんなこと楽しんでやれるなんて私って素敵だな!」って思っていいんですよね。

だってそれって他人が見たら本当に素晴らしいことなんですから。(宇宙的に見てもね)

例えば今、食べ過ぎても、動けなくても、肌から油浮いてても、ささくれいっぱいあっても、髪の毛ぼさぼさでも、私は今ここにいてこんな体験してこんなこと思考してこんな感情エネルギーを発してる。

宇宙に一人だけの経験を今してるんだ。

って思ったら自分が素敵すぎてニヤけますね。

もちろん私はいつも美しくて可愛いくて幸せでエネルギーに満ち溢れて余裕があって完璧ですけどね!(セルフイメージ)

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